
インタビュー
2025.07.15
ハワイの海で学んだ、現地だからこその味と日本の魚の真価
佐藤卓也さんは江戸前寿司の名門である「蔵六鮨」「箒庵」「久兵衛」などで修業を積み、2005年、ソムリエール永田真弓さんと共同で「西麻布 拓」を開店。「西麻布 拓」は鮨とワインを組み合わせる店のさきがけとして話題に。2016年にはハワイへ渡り、「すし匠」で現地の魚介や文化を取り入れた寿司を握りました。このたび、料理人と企業をつなぐウェブプラットフォーム「TasteLink(テイストリンク)」に加わっていただくにあたり、海外だからこそわかった日本食材の長所や、アナログな体験を積み重ねることの大切さについて語っていただきました。

ワインと寿司を合わせたきっかけ
戸門:「西麻布 拓」開業した20年前は、ワインと寿司のペアリングはまだ一般的ではなかったのではと思うのですが、どういうきっかけでそのコンセプトが生まれたのでしょうか。
佐藤:30年くらい前、白金「箒庵」という日本料理店にいました。当時、日本でもボジョレーヌーヴォーを飲むのが流行りだした頃で、ソムリエさんからワインのことを色々と教えていただいて興味がわいたんです。世界中に無数の種類があるワインの中には寿司に合うワインもあるはずだと。寿司がワインに合わせるのは難しいけども、寿司に合わせられるワインはきっとあるからというので始めました。
戸門:寿司にワインという組み合わせ、当時の皆さんは抵抗なかったですか?
佐藤:ワインが本当に寿司に合うのか?とか、ビールなら合うの?とか、当時は本当にいろいろ言われましたよ。ところがそれより前、40年くらい前にすでに、寿司屋にウイスキーやブランデーのボトルをキープして、それを自分で作りながら寿司を食べる時代があったんですよ。ワイン好きに言わせると、どんなところでもワインが飲みたいんです。そば、中華、ハンバーガーだってワインに合わせたいくらいだけれど、そういう文化がなかった。そういうワイン好きにまず受け入れられました。寿司を食べながらでも違和感がないことを優先しました。
戸門:2017年に「すし匠」の中澤圭二さんとハワイ・ワイキキで「すし匠」を開業されましたね。あれはどのようないきさつがあったんですか?
佐藤:中澤さんが「僕は50歳になったら引退して、西表島にでも行ってのんびりやる」と言っていらして、自分も地方でやりたいなっていう気持ちもあったところに中澤さんの方にハワイの話があって、じゃあ海外で一緒にやろうかというのがきっかけでした。だからハワイ行きは最初は半分セミリタイア的な意味合いがあったんですけど、リサーチしているうちに、ハワイでやるにはハワイの食材ということで、やり始めるとどんどん火がついたみたいな感じでした。

現地でなければできない食材を探す
戸門:海外で料理店をやられるとなると、魚介類など、日本で使っている食材が手に入らなかったり、同じ食材でも味が異なっていたりして苦労されたのではないですか?
佐藤:ハワイでは必要な食材は比較的何でも手に入ります。ただそれは日本のものを調達する場合であって、現地でなければできない食材を探すときは苦労しました。そういう経験をすると、たとえば「NOBU」の松久信幸さんや森本正治さんなど、先達の凄さが分かるんですよ。例えばカリフォルニアロールにしても、当時はアボカドとキュウリとカニカマで、あれを発明した人は凄いなと、そして醤油も味噌もみりんも海外では手に入りづらい時代に、魚なんか食べない海外の人たちに寿司をよく食べさせたなと。
日本は野菜でも魚でも素材の味がしっかりしていて、素材の持ち味を生かす引き算の料理ができるんですけども、向こうではどうしても足し算になります。ハワイでよく食べられているポケに使うハワイのマグロは、日本のと比べて味が淡く、酸味も脂分も少ない。だからレモンを絞って、ごま油をかけ、海藻を加えて味や食感をととのえたんですよね。
素材の味がしっかりするためには、漁師さんの魚の取り方、締め方、魚屋さんの流通のさせ方、あと魚が食べているエサが大きな理由なんだと分かりました。当時現地では、産地について詳しい魚屋さんがいなかったんです。ましてやこの魚の旬はいつかとか、産卵期がいつだからいつがおいしいというようなことも知られていない。だから自分たちで漁師さんや魚屋さんを少しずつ開拓していった感じでした。
戸門:現地ならではで発掘された食材には、どんなものがありましたか?
佐藤:当時、日本のマグロが絶滅するという危機感があった時だったので、マグロに代わる魚介を探しました。世界中にあって子供から大人まで喜ぶものということで鮭かなと。日本だとサーモンはどうしても焼き鮭みたいなサーモン臭を感じる人がいるのですが、現地に行ってわかったのは、アラスカでのキングサーモンとか天然もの、その中でも鮭児みたいな5千本、1万本に1匹と言われるホワイトサーモンは、鮭臭さがないんですね。
ウニについては、カリフォルニアのチャンネルアイランドの周りは利尻・礼文みたいに海藻が豊かなところで、大きく味も良くて、漁獲制限もして獲りすぎないようにされていました。日本人の業者さんで、ウニをただ出荷するのではなく、きちんと中の卵巣を剥がして、水分を飛ばす処置をする人たちがいまして、やっぱり日本人の漁師さん、日系の水産会社さんの魚の扱う技術は世界一だと思いましたね。だから自分も、今まで日本で魚介類を当たり前のように使ってきて、市場で「もっといいものないの」とか言ってましたけど、ハワイに行ったことで日本の魚屋さんたちの努力が感じられましたね。
戸門:拓さんのお店は、インバウンドのお客さんの国によって寿司に対しての考え方や好みに違いはありますか?
佐藤:アジアの方の方が日本に近くてお寿司に慣れています。寿司とワインみたいなことも、アジアの人の方、香港、シンガポールの人たちには主流で、一方、欧米の方はやっぱり日本酒を飲みたがります。
戸門:もし何か1つだけ日本の食材を海外に持っていくとしたら、何を持っていきますか?
佐藤:お酢ですね。やっぱり寿司屋はシャリが基本なので。醤油は煮切ったりして味を変えるから何とかなるんですよ。
あと、食材といえるかわからないですが、もっと大事なのが水かもしれません。寿司は米をたくのも出汁をとるのも水が大事なので。ハワイも軟水ですが、日本よりちょっと硬いから、甘さや旨味が少し出にくいんですよ。ところが不思議なことに、それが現地の空気には合っているんです。日本の方に分かりやすくたとえとして出すのは、スキーに行った時に、雪山で野沢菜漬けを食べておいしいと思って、お土産で買って帰って東京で食べるとあの感動がないという経験はないですかって。空気の力って大きいんですよ。特に同じ夏でも、ハワイではドライ系のビールが美味しく感じるんですよ。僕自身は日本ではドライ系のビールはあまり飲まないんですけど、向こうに行くと、味の度合いもちょうどいいと思える。不思議なものです。

子どものころの「リアルな体験」の大切さ
戸門:今後こういう会社やサービスと連携していきたいという希望はありますか。佐藤さんの店で子どもたちが寿司を体験できるようにしたりとか、これまで何かやられていましたよね。
佐藤:そういう機会がもしあるなら、携わりたいなと思います。以前やったのは、海外の旅行者さん向けにっていう大手旅行会社さんの寿司体験みたいな企画でした。
戸門:最近、料理人を目指す人が減っていると思いますが、子供たちが食に興味を持つようになるには、どのようなことをすればいいと思いますか? やはり小さい頃に寿司だけではなくても食材に触れるとか、何かきっかけを作るって、今のご家庭だとなかなか共働きで忙しくて難しいことも多いじゃないですか。
佐藤:それは期待するところです。昔はお客さんが来ると、じゃあちょっとお寿司頼んでとか、あったじゃないですか。僕小さい頃にお客さんが来ると、親が寿司をとるんですよ。当然子どもは食べられないんですけど、そうすると、お客さんがわさびの入ってない卵とかをちゃんと残してくれてるんですよ。うちの店では、今は基本的に出前はやっていないんですけど、そういうのが子供に印象深く残るとすれば、子供でも簡単にできるのり巻きとか、ひなまつりに太巻きを作ってみる体験などやってみてもいいのかもですね。
戸門:料理店は味はもちろんですが、サービスとかコミュニケーションとか、空気感の気持ちよさってありますよね。
佐藤:お店のスタッフの人間力を高めるのは、やっぱりいろんなことを経験しないとダメなんですよね。小さい時に親とデパートに行って食べたプリンアラモードとか、具体的に覚えていなくても、行ったという幸福感が残るんですよね。本当に、その経験をいろんな人にしてもらいたいと思います。
戸門:なるほど、そうですね。子どものころに本物にリアルに触れるきっかけづくりは大事ですね。
Text by 星野うずら

寿司・西麻布 拓
佐藤 卓也
Takuya Sato
佐藤卓也氏は1970年東京生まれの鮨職人。「蔵六鮨」、「箒庵」、「久兵衛」などの名店で修業を積み、伝統の技術を踏襲しつつ、早くからワインとのマリアージュに着目した革新的な料理人として評価される。2005年には西麻布にソムリエ常駐の鮨店「拓」を開業し、ミシュランの星も獲得。2017年にはハワイに進出し、現地食材を生かした寿司を提供するなど、国内外で活躍している。食材の温度や熟成にも細心の注意を払った寿司とつまみは、完全おまかせスタイルで提供され、一期一会の精神に基づいた繊細な対応が特徴。佐藤氏は江戸前寿司の新たな可能性と、それに付随する料理文化の拡充に貢献している。