
小澤 一貴|フランス料理・Crony
料理とワイン、両方でオリジナルの世界観を構築する
インタビュー
2026.07.11
東京・東麻布で「クローニー」のソムリエを務める小澤一貴さん。「なぜこのワインなのか」という明確な根拠とエピソードの紹介の的確さには定評があります。「カンテサンス」を経て現在の「クローニー」では二つ星を獲得、2025年には「アジアのベストレストラン50」で「アジアのベストソムリエ賞」を受賞しています。文化的背景と科学的ロジックのバランスを重視した小澤さんのワインペアリングがどのように生まれたか、また料理とワインを組み合わせるときの考え方や、業界全体のサービス・ソムリエ人材育成への取り組みについて語っていただきました。
料理に合うワインを「味だけ」で選ばない理由
戸門:小澤さんがソムリエを志したきっかけは何ですか?
小澤:僕がこの業界に初めて入ったのが94年でした。当時の日本はソムリエの人数もまだ少なくて、ソムリエになった人たちもまだ「自分はワイン専門家だ」と硬直した考えの人が多かった。一般の人がわからないような専門用語を並べたり、ゲストの希望に合わないワインを提案することもありました。でも僕はワインだけの専門家であるより、もう少しトータル的にレストラン全体を見たかった、いわゆる総合支配人、レストランターになりたいって思ったんです。実は僕、今までソムリエという肩書きで働いたことは一度もないんですよ。前職の「カンテサンス」でもディレクトールという肩書きでしたし、現在の「クローニー」でもそうです。
戸門:小澤さんのワインの説明は、ワインの文化的な背景とロジカルな話が端的にまとめられていて、バランスがとてもいいなといつも思います。あれってなんか独特だなって僕は思ってるんです。どういうことがきっかけで今のようになったんですか?
小澤:世の中にワインペアリングというサービスが生まれたのは、おそらく2006年ごろだと記憶しています。それまで、ペアリングという言葉はレストラン業界の中にはありませんでした。僕は2002年に「フォーシーズンズホテル丸の内 東京」のレストラン立ち上げに携わって、当時から7品程度のコースにグラスワインでそれぞれ合わせていくみたいなことをやっていました。2007年に「カンテサンス」に移ってからは、「ワインをどう選べばいいのかわからない」とか「これだけ品数があったら合うワインで揃えたい」みたいな要望に応えるところから、ペアリングの原型が次第にできていったんです。当時から岸田さんの料理は、フランスの地方料理をベースに、食材や調理法や時代背景を踏まえてそれを日本の食材で作るなら、という考え方で作られていましたから、「この料理はこういう地域のこういう料理がベースだからワインはこのエリア」というように、現地での組み合わせを参考にするところから始めました。歴史背景や地域特性を考えないと納得感のある世界観は作れないからです。もし単純に味だけで選べば、合うワインは実はたくさんあるんですよ。でも味だけでペアリングを選ぶと、この料理になぜこのワインなのかに説得性がないわけです。
戸門:コラボで別のシェフの料理のペアリングは初めての料理だったりして難しいのではないかと思うんですが、小澤さんが選ぶと、味がいつも合っててすごいですよね。それはどういうことに気を付けているからなのでしょうか。
小澤:先方の料理背景を事前にリサーチしているからだと思います。料理を実際に試食してから合わせる場合もなくはないんですけど、基本的にはコラボのメニューは1週間ぐらい前には決まっているので、どういう料理なのかを事前に先方に聞くんですよ。「どういうコンセプトでやってるの?」とか「これってどういう意味なの?」とか。例えば、先方が中国料理の場合、中国ではこの時期はこういう食材で、こういうお祭りでよく使うものでみたいな、そこに通常は紹興酒をあわせているとわかったら、紹興酒を合わせているようなイメージを作りたい。ときにはワインより日本酒の方がいいなって思う時もありますね。
お酒の味よりもコストよりも大事にしていること

戸門:ペアリングをする時に大事にしていることや、逆に、しないようにしていることはありますか?
小澤:重要なのはコースの縦の流れと、提供量ですね。お酒を提供するときに僕が最も大事にしているのは、実は量なんです。そのお客さんにとっての一番快適な酒量が必ずあるはずなんですよ。なので、量はゲストによって変えます。「原価何ccで何円だから合計いくら」という考え方はしないです。もちろん標準量はあります。基本的には合計400ccぐらいになるように調整するんですけど、足りなそうな人には追加料金は取らないでつぎ足す時もあるし、この人には標準量は多いなと思った時には量を減らして質を上げることもします。たとえばメインの赤をワンランク上のものにすることもします。どんなに良いワインを出しても、最後ヘロヘロだと体験すべてが悪い思い出になりますから。一方で少なくする場合は、あんまり少なく注ぐと、グラス内の空気とのバランスが悪くて香りが散漫になってしまったりするので、バランスの点で少なすぎる量を注ぐのは断ることもあります。
戸門:小澤さんは結構早くからペアリングで日本酒などワイン以外も合わせることに取り組んでいらしたと思いますがどうですか?
小澤:僕の中では、ペアリングに日本酒は未だに難しいです。ワインよりも日本酒の方が酒精が強いものが多く、一度日本酒が入ると口の中がアルコールと糖分で麻痺して、次のワインの感じ方が大きく変わってしまうことがあるからです。日本酒を料理単体で合わせること自体はフランス料理においても難しくはありませんが、縦の流れの中で違和感が出てくることがすごく多い。なので、「クローニー」の通常コースの中では日本ワインは積極的に使うんですけど、日本酒は出さないです。でもイベントで入れるのはなぜかというと、アジア圏の人たちとのイベントをやると、辛い食べ物とか脂身の多い食べ物には日本酒を入れた方が良い場合があるんですよ。またフードのボリューム感を考えた時に、ここに日本酒を入れた方が中和できる場合もあるからですね。

20代、給料のほとんどをレストランにつぎ込んだ
戸門:クローニーのレストランとしての世界観はどのようにして構築していますか?
小澤:レストランという場所は一つのエンターテインメントで、僕らが提供するものは時間だと考えています。ワインはそのうちの一つの要素にすぎません。2時間半とか3時間という時間をどれだけ楽しいものにできるか。でももし、空間的に素晴らしい世界ができても、スタッフがそうではなかったら興ざめしますよね。だからこの空間に合う料理、サービス、制服、カトラリー、そういうもの全て、バランスがとれていること。トータルバランスがあってこそ世界観が成り立つということだと思います。
戸門:どういういきさつがあって、そのように考えるようになったんですか?
小澤:僕はレストラン好きで、若い頃から本当にたくさん行きました。僕が20代の頃は、フランス料理店は数えるほどしかなかったから、全部の店に行こうと思って。毎月、給与をもらうと、ご飯食べに行ってました。そんな中で「ここすごい好きだな」という店と、「ここ料理は美味しいんだけど、なんか違うな」という店とがあると気づいたんです。両者を分けるものが何かをずっと考えてて、30代で気づいたのが、「自分が良いと思える店はトータルバランスが良い」ということだったんです。
戸門:先ほど日本ワインを積極的に取り入れているというお話がありましたが、その理由や背景にはどんなことがありましたか?
小澤:「クローニー」が東麻布に移転して6年目なんですけど、その頃からワインリストの方向性をずっと考えてきました。というのもワインを置く場所が増えたからです。西麻布時代は冷蔵庫セラーに400本ぐらいでいっぱいだったんですよ。今は、セラーが800本ぐらい、プラス倉庫があって、さらに軽井沢店も合わせると、トータルで4000本ほどストックできる場所があります。そういう余裕ができたところで、どういうラインナップで増やしていくかを考え始めました。フランス料理だからフランスだけでってずっとやってきたんですけど、春田の考えも少しずつ変わってきて、今は日本の生産者を大事にしたりとか、日本の食材の良さを表現したりとかが増えてきました。そこに日本ワインを合わせていく方が料理にナチュラルに合うなと思ったことが一つです。
もう一つの理由は、「アジアのベストレストラン50」にランクインして海外の人たちとコラボをやるようになって、日本のワインや日本酒についてみんな知りたがってると知ったことです。海外の人は意外と日本ワイン好きで、しかも僕より詳しい人もいたりする。これは勉強しなきゃいけないと思いました。毎月どこか国内のワイナリーに行くようにしたら、日本ワインの良さが自分の中に蓄積してきましたね。そこで気づいたのは、日本ワインをフランスワインと対比しちゃダメなんだなということ。対比ではない良さを知る余裕ができてきたのかなと思います。

ランチ営業をやめて得たもの
戸門:最近、料理人を目指す人が減っていると思いますが、若者たちが食に興味を持つようになるには、どのようなことをすればいいと思いますか?
小澤:サービスやソムリエの方が料理人よりも減っていると思いますね。朝から晩まで働いて、薄給で休みも少なくて、疲れ切ってミスして怒られてを繰り返したら、それはみんなもう働きたくないよねっていう話で。特に20代の頃は夢と希望を持ってるからまだいけるんですけど、結婚して子供できましたってなった時に、子供や家族との時間が取れない現実があって、食に関わっていてもインポーターに行ったりとかで、飲食店で働いてない人が多い。現状、ソムリエ資格を持っていても、現場で働いてる人はとても少ないと思うんですよ。だからこそ、僕と春田は十年前に労働環境の改善から始めました。サステナブルなレストランを作るためにはまず人が辞めにくい環境を作ろうということで、ランチをやめました。それから10年経って今、うちの年間の休みは約108日、労働時間も11時間半拘束の2時間半休憩です。また閉店時間は設定した方がいいと思います。うちは7時半がラストオーダー、10時半で完全閉店にしています。
戸門:その方がスタッフが退職しなくなって、次のクリエイティブに繋がりますね。
小澤:お昼やらないことでメリットはたくさんあって、まずミーティングで前日のオペレーションを分析し共有する余裕が生まれました。出来ていないことが分かれば、その分析を元に英語クラスやろうとか、ワインの知識を学ぼうとか、スタッフの能力向上に使うことができます。本人も自分の成長が実感できるので、それも継続のモチベーションになる。そしてみんなができるようになってくると僕に時間ができるので、店全体のクオリティをより上げられると思っています。
戸門:小澤さんの5年後10年後の展望を教えてください。今の延長線上で考えているのか、それともこういう方向に行きたいとか、どういうことを考えてらっしゃいますか。
小澤:いま「東京ソムリエギルド」という組織のお手伝いをしています。井黒(卓氏)がフリーのソムリエを集めて2026年3月に立ち上げて、コンサルティングなどの場にソムリエを派遣しつつ、他の現場を知ることで経験を積んでもらおうというものです。飲食店、本当に今サービスやソムリエが少なくて、マネージャーが辞めた瞬間にワインが売れなくなる店がいまたくさんあるんですよ。ほかには寿司店や天ぷら店がサービス専業の人を雇用したいとか。楽しいレストランが日本にはたくさんあることを世界に示したいというか、日本は本当にサービスに良い人材がいて、おもてなしの国だからそこを失っちゃいけないって思ってるんですよ。うちの店でね、若い子たちにそういう話をして育ててくらいはできるんですけど、数が少なすぎるんで、最終的には学校やりたいと思ってます。一次産業から三次産業まで食の全てに関われるような4年間の大学のカリキュラムを作って、農家から、畜産から、漁業から、流通から、加工業から、レストランの運営から経営までを全部学ばせて、飲食に関わるどこで自分が働きたいか、どこに自分の適性があるかを知ってほしい。
次世代に素晴らしいレストランの世界を残したい、それが今の僕の一番の目標ですね。
Text by 星野うずら
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フランス料理・Crony
小澤 一貴
Kazutaka Ozawa
小澤一貴氏は1974年神奈川県生まれのソムリエ。APICIUS、「EKKI」、ワイン輸入会社を経て、2007年「Quintessence」ディレクトールに就任。2016年に「Crony」を開業し、現在はミシュラン2つ星とグリーンスターを獲得。料理やシェフの物語、産地の情景を感じさせるペアリングを追求し、「KENZO ESTATE」ではワイン造りにも携わった。
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