大越 基裕|ベトナム料理・An Di (アン ディ / Ăn Đi), ベトナム料理・An Com(アンコム /Ăn Cơm)

ペアリングでドリンクの可能性を拡張する

インタビュー

2025.12.11

大越基裕さんは銀座レカンのソムリエを経て、ワインテイスター/ソムリエとして独立。有名レストランのコンサルタントやワインディレクター、各種講師や執筆に携わるほか、自身でもベトナム料理店「アン ディ」「アン コム」を経営し、活躍の幅をますます広げています。このたび、大越さんに料理人と企業をつなぐウェブプラットフォーム「TasteLink(テイストリンク)」に加わっていただくにあたり、ペアリングを始めたきっかけやワイン以外のアルコールを使うようになった理由、またペアリングを続けることで変わってきた考えなどについて語っていただきました。

ワインペアリング前夜 ボトルでどうやってコース料理と合わせていたのか

戸門:最近されたなかで面白いお仕事はありますか?

大越:ワインショップのコンサルタントの仕事ですね。麻布台ヒルズの「インタートワインK×M(ケーエム)」という店なんですが、有料の試飲カウンターがあって、ワインや日本酒にフィンガーフードをつけています。たとえばマグロを赤酢とたまり醤油を合わせたものに漬けたものにはこのワイン、普通の醤油だけならこのワインとか、すべてワインとフィンガーフードがセットになっています。コンポーネントを少し変えるだけでペアリングはこんなに印象が変わるんだよという試みは実店舗では初めてで、僕にとってたくさんの発見があります。

戸門:ペアリングは、合うか合わないかはわかっても、それがなぜ合うか合わないか言語化が難しいものです。大越さんはどういうときに、ペアリングが合う合わないを感じますか?

大越:料理とドリンクが一体感を感じさせる時とか、料理のあとに一口飲むことで余韻がグーッと伸びやかになってくる時ですね。たとえばしょっぱいものの後に甘いものを食べたら、甘じょっぱくなって口の中のバランスが取れたりする、そういう「バランスが良いな」と感じたときに、両者が合っているなと感じます。

戸門:大越さんがペアリングのお仕事を始められたのは、どういうことがきっかけだったんですか?

大越:「料理にあったワインを選ぶ」という感覚は、今でいうペアリングが一般的になる前からすでにありました。私がこの業界に入った20代の頃、レストランで「お客様はこのコースだからこれに合うボトルワインを選んでください」と言われることがよくありました。でも、前菜からメインまでボトル1本で合わせるのは正直難しい。だから僕らはいつも、最初は何かグラスの白ワインを用意して、赤ワインのボトルを途中からゆっくり飲み始めていただいて、それをメインでうまく合うように調整していました。僕はそのあと2006年から3年ほどフランスに留学したのですが、フランスではその頃からコースにワインをグラスでペアリングする流れが始まっていて、これまでのやり方よりもそちらの方が理にかなっているのではないかと感じました。ただそのとき、僕の留学の目的はブドウの栽培と醸造の勉強でしたので、ペアリングの知識や体験を現地でそれほど深めることはできなかったんですけれども、2009年に銀座レカンのシェフソムリエになったとき、最初にシェフに相談したのが「ベアリングコースをやりませんか」でした。当時のレカンのシェフは高良康之さんでしたね。一つの料理に一つずつワインをつけるスタイルは、当時としてはずいぶん早かったと思います。

戸門:フランスでブドウの栽培と醸造を学んだのはなぜですか?

ワインへの理解力を深めるために作り手側の視点が欲しかったんです。世界に何万とあるワインをすべて飲むことはできなくても、なぜそのワインを選ぶのか、お客様にロジカルに話すことができる。それぞれの生産者の作り方が分かっていれば、大体の予測が立ちます。

ワインだけでのペアリングがやりづらくなった理由

戸門:大越さんは日本酒や焼酎などワイン以外のアルコールをペアリングに組みこむことも多いですよね。こういうふうに変わってきた要因は何でしょうか。

大越:僕はずっとクラシックフレンチの世界にいましたので、フランスワインがペアリングの主体でした。しかしその後、デンマークの「ノーマ」などもそうですけど、世の中の料理の味の幅がどんどん広がってきて、これまでのトラディショナルな料理の型から大きく逸脱してきました。そうするとワインだけではペアリングがカバーしきれなくなってきた。ここはワインではなく日本酒が合うよねとか焼酎がいいよねという場面が少なからず出てきました。その必要性があってペアリングの主体を拡張してきたというところはありますね。

うちの店では生春巻きをやっているんですが、実は僕は生春巻きというコンテンツに大きな可能性を感じているんです。生春巻きはいろんな食材を一緒に咀嚼する。咀嚼時間も長いです。たとえばフォークとナイフで切る料理だと自分の口の大きさに合わせるから、4口、5口で飲み込めるくらいの大きさに切ってしまう。だけど生春巻きは4口、5口咀嚼したくらいで飲み込めないんですよ。生春巻きやタコスは、咀嚼が長いからこそできるペアリングが可能になります。
僕は日本酒をペアリングするのが好きなんですけど、それは日本酒は料理を食べながら飲めることが最大の特徴だからなんです。日本酒をソースの一部に見立てて、料理と一緒に咀嚼して、味の変化を楽しむ。これ実はワインだと難しい。なぜならワインは香りが命で、ワインそのままの香りを口の中で生かせるような雰囲気になってなきゃいけないから。ワインは食べ終わった後に余韻で合わせるのが基本。でも日本酒は料理の味を混ぜても味が押されないから、咀嚼が長い料理と一緒に楽しむこともできるんです。

辛い料理のペアリングのヒントは「刺激」

戸門:ペアリングという仕事を長年続けてこられて、アップデートした考え方というか、認識が変わって来た点はありますか?

大越:辛いものとの組み合わせですね。辛いものには甘いものを合わせるという時代がありまして、ドイツワインなどをおすすめしていましたが、正直、あの甘さでは足りないんです。またカプサイシンは水に溶けないので、甘さが足りなければ辛さを抑制することも洗い流すこともできない。ではどうしたらいいんだろうとここ数年試行錯誤してたどり着いたのは、炭酸の刺激でした。辛い刺激に炭酸という別の刺激を与えることで、そちらに気がそれるというか、1回忘れるという現象が起きるんです。また戻ってはくるんですけど、その消えたり戻ってきたりできるところが面白い。もう一つは凝縮度の高い赤ワインの刺激で合わせること。これもスパークリングワインと同じ現象が起きます。ただ赤ワインは、スパークリングワインに比べると料理と合うフレーヴァーがかなり限定的にはなってしまいます。ですから最近中華料理の辛いものには、シャンパーニュをはじめとしたスパークリングワインを推奨することが多いです。

戸門:火鍋を食べに行くと、炭酸強めのビールとかハイボール飲みたくなりますね。

まさにそれです。また、カプサイシンが体を温める効果があるのに対して炭酸水は体を冷やす効果があるので、温度的にも逆のベクトルになってバランスが取れるというところもありますね。

戸門:昨今は、お酒を飲める方でも仕事のパフォーマンスなどを考えて飲まない方も増えてきていますね。ノンアルコールという領域では、どんなことが重要だと思いますか?

大越:ノンアルコールペアリングでは、ドリンクからどれだけ甘さをなくせるかが重要です。甘さがある方が味がまとまるから楽だし、ドリンクの保存も効く。でも甘さがあるとたくさん飲めない。糖分が少なくて、旨味も強すぎず、フレーバーが豊かなドリンクがあれば、そこには可能性があると思うんですね。コンブチャもいいんですけど、ちょっと甘いんですよ。コンブチャの糖分を極力抑えながら酸味とも綺麗なバランスを取るということが課題になると思います。

戸門:今、企業やサービス、ブランドなどと組んでやってみたいお仕事はありますか?

大越:ものづくりに携われたらすごく嬉しいです。それがドリンクであれ食べ物であれ、関われるのであれば途中からではなくて、一から関わりたい。たとえばフレーバーの観点とか、出来上がった後の楽しみ方という側面でいろんな話もできると思う。先日もタイ・バンコクでロジカルペアリングのセミナーやセッションをやりました。バンコクのような、今アジアのレストラン業界で多分一番勢いのある国が日本酒のペアリングに興味を持っています。食の楽しみという観点で言えば、食とドリンクを合わせていくという分野がもっと取り上げられていってほしいと思っています。

僕の得意分野はペアリングで、味わいから結びつくペアリングのロジカルな説明が僕の一番得意なスキルです。明確に言語化して、たくさんの人にわかりやすく伝え、そこに合わせる液体の紹介ができる。食べ物よりも、調味料とか液体ものの方がどちらかというと得意です。お酒であれば焼酎、日本酒、ワイン、それだけでなく、お茶やコーヒーのようにノンアルコールでも。ご家庭向けでもレストラン向けでも、ジャンルを問わず提案できるところが僕の強みだと思っています。

戸門:大越さんの多岐にわたる仕事の中で、自分の軸として大切にしているのはどんな仕事ですか?

大越:ソムリエのスキルを高める教育です。どんなに良いワインを揃えても結局のところ、僕らの仕事は人対人。自分の店に使いたいワインなのか、買うのか買わないのか、買うならいつ出すのかを自分で考えること。僕らサービスは、シェフが作った料理をさらにおいしくすることも不味くすることもできる。そういうスキルを僕らはもっていると認識するために、教育は重要だと思っています。

戸門:ソムリエ、サービスという仕事において必要なのはどんなことですか?

大越:味覚にボーダーを設けないこと。「●●料理はこうしなきゃ」と言っているうちは味覚の世界が狭い。味覚の世界は広く持っておいてほしいと思ってます。自分の味覚の世界を広く持つことで、この人はこういうのが好きなんだろうなとか相手の好みがわかってくる。自分の日常生活でも、飲み会をする時に主催者や参加者のことを考え、その人たちの傾向や好みを想像して持っていくワインを決めますよね。そうやって意識的に考える日常の積み重ねが、サービスの考え方につながっていくのだと自覚することが必要かなと思います。

Text by 星野うずら

大越 基裕のプロフィール画像

ベトナム料理・An Di (アン ディ / Ăn Đi), ベトナム料理・An Com(アンコム /Ăn Cơm)

大越 基裕

Motohiro Okoshi

北海道出身、ソムリエとしてワインや日本酒の革新的なペアリングを提案。フランス留学後、国内外で講師や審査員として活躍。外苑前「An Di」などでアジア料理と国酒を合わせる新しいスタイルを実現し、広範な分野で日本の食文化に貢献している。

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