
長谷川 在佑|日本料理・傳, 創作料理・デンクシフロリ
東京から世界へ 温かい“「傳」のおもてなし”を届ける
インタビュー
2025.12.04
2022年「アジアのベストレストラン50」で1位という快挙を成し遂げた長谷川在佑さんの「傳」は、伝統的な日本料理の基礎を土台に、日本料理店に楽しさと新しさを持ち込んだ店です。このたび、長谷川さんに料理人と企業をつなぐウェブプラットフォーム「TasteLnik(テイストリンク)」に加わっていただくにあたり、日本料理店として海外でコラボを多く行う意味や、高い評価を得ている「傳」のホスピタリティについて語っていただきました。
「釣り出来るから来ませんか?」
戸門:長谷川さん、イベントやコラボを海外で多くなさっていますよね。これまで経験された中で、印象的なものはありますか?
長谷川:2015年にブラジルに初めて行ってイベントさせてもらったときのことですね。世界的に著名な「D.O.M.」(サンパウロ)のアレックス・アタラさんとのコラボイベントでした。それからちょうど10年たった2025年の9月に、またアレックスさんとのコラボイベントをやらせてもらいました。場所はサンパウロの「ジャパン・ハウス」という、日本政府が海外で日本文化を伝えるために建設した建物です。ブラジルにアンドレ・サブロウ・マツモトさんというシェフがいて、彼のお父さんが、サンパウロから飛行機で3時間くらいのレシフェという海の綺麗なところでマグロ漁の大きな会社を経営していて、その人のところにブラジルで一番いいマグロが入る。サブロウさんとはお互いに料理を作ったり、一緒に食事に行ったりという関係を続けてきました。そのコラボイベントではアレックスさんとサブロウさんとテルマ・シミズさんと僕という四人で料理を提供しました。アレックスさんとは、イベントの後に一緒にアマゾンに行って釣りをしましたね。
戸門:コラボの仕事とセットで釣りができる場所はいいですね。
長谷川:僕が釣り好きなことが知れ渡っていて、最近はもう「コラボやりませんか?」より「釣り出来るから来ませんか?」という連絡が来る(笑)。
国内では、今から20年以上前に「フロリレージュ」の川手(寛康)さんと一緒に初めてイベントをやったことですね。ジャンルを超えてコラボイベントをやったのは僕らが最初だったと思う。僕らは共通のお客さんも多いし、お互いがお店を行き来するようになって「一緒に何かやろう」と開催したイベントでした。初めてのときは勝手がわからなくて、2人が出したいものをお互いに出すというダブルコースみたいになったんです。その結果、お客さんが食べきれないほど出しちゃって、さらに電車もなくなっちゃって帰れないみたいな、今から考えるといろいろと規格外のイベントでした。

戸門:フロリレージュとは協業でレストラン「デンクシフロリ」を出されていますよね。コラボレーションの常設レストランというユニークなアイデアは、どのようなきっかけで生まれたんですか?
長谷川:川手さんとはお互いコラボも今さらだよねとなって、いつか一緒にレストランをやれればなんて言ってて、ちょうどコロナの時期に始めました。日程が合わなくてイベントに来れなかった方も多かったですから、そういう人たちに来てもらえるようになったのは嬉しいですね。
戸門:お金はお互いで出し合って?
長谷川:そうです。でも、友達同士で仕事をするときは平等だとうまくいかないと思っていて。だから川手さんが社長、代表取締役です。僕は取締役で、サポートに回っています。
戸門:今、デンクシフロリのタイ・バンコク店がありますが、海外でのお話はオファーが来てやる形ですか?
長谷川:オファーいただいてやります。一国一レストランという感じにしたいなと。ただ事情は国によっても違いますので、そこは調整しながらですね。
戸門:あと「傳」の姉妹店として台湾・高雄に「承」がありますね。
長谷川:うちで働いていた藤本(詳一さん)が向こうの料理長をやっていて、ちょうど五年になります。さっき「今年もミシュランの星をいただくことができました」と連絡が来ました。台湾に根付いて、現地のお客さんを喜ばせることができればいいなと思います。

日本より良い出汁を引ける国が海外にあった
戸門:コラボ、これからどういう国やお店とやりたいとか、テーマなどはありますか?
長谷川:行きたい国は、まだ行ったことがなくて、食材が面白そうなところ。食材も含めて新たな発見をしたい。また職人気質のある国。例えばフィリピンとか、これからまだまだ伸びそうな場所に行きたいですね。僕自身が、一気にグローバル化した日本のあり方に疲れたなと感じているのもあって、日本のものづくりが今どんどん衰退化していくなかで、昔の料理人のような職人気質をまだ色濃く残していて、あまりグローバル化してないような国や地域に惹かれます。
戸門:日本料理、和食の料理人として海外に出ていくとき、どういったことを強く感じますか?
長谷川:海外での仕事は慣れだと思うんで、初めての大変さはとてもよくわかります。これから海外に行く人もそうですし、海外のシェフを日本に呼んでイベントする時とかは、多分、細かいトラブルがたくさん出ると思うので、それを一つずつ埋めていくのがいいのかなと。
西洋料理の人たちと比べて日本料理である自分たちの特徴は、日本料理だから、自分たちが伝える側だということです。海外の人に日本料理について伝えていくことが大事かなと。あとは日本の生産者さんに関して、海外に行けば行くほど、日本の食材は素晴らしいんだなという再発見の時間になると思う。
戸門:海外で、最初の頃困ったり苦労したりしたことはありましたか?たとえば出汁ひとつとっても、国によって硬水、軟水とか、日本とは違いますよね。
長谷川:最初はあらゆることに苦労しました。僕は現地に合わせることはほぼしないので、海外ではやりたいことの半分以下しかできないです。水が違うと、日本と同じ料理は作れませんから。しかしそれが面白いことに、日本より良い出汁を引ける国があったんです。それはフィンランド。水が日本よりも軟水なんですよ。日本よりもおいしい出汁が引けてびっくりしました。
戸門:長谷川さんの出汁のイメージは鰹ですけど、昆布は使いますか? 軟水だと昆布のうまみが出やすいイメージがあります。
長谷川:昆布はほとんど使わないですね。ただ、鰹の量はすごく多いです。うちより鰹節使ってるところはあまりないんじゃないですか。
鰹は、独立したとき「修業時代と同じでは同じものしかできない」と思って、あるとき出会ったのが本郷の鵜飼商店さん。そこの若旦那、変態なんです。まず鹿児島・枕崎の一本釣りの鰹しか使わない。多分日本中の鰹節の中の1%以下、そんな鰹節を使わせてもらってます。あと鰹節の火の入れ方や水分の抜き方によって出来上がりが全く違ってくるらしいです。昨日もその若旦那から鰹もっと減らしなよって言われました。

戸門:今、企業やサービス、ブランドなどと組んでやってみたい分野は何ですか?
長谷川:特に日本料理関係のアパレル的な部分ですね。料理人の恰好良さってあるんじゃないかなと思って。若林ケイジさんという、ユニクロのパーカーやオリンピックの服をデザインしている人で、僕のコックコートを作ってくれたデザイナーさんが、最近ブランドを立ち上げたんです。動きやすいインナーウェアとかを作ってみたい。釣りでノースフェースのを着ることがあって、ノースフェースやパタゴニア、ゴールドウィンは好きですね。
キッチン用の靴とかもコラボで作りたいですね。アシックスなど、日本のブランドとコラボしたい。料理人もサービスも仕事中に歩くじゃないですか。だからウォーキングシューズをベースに、汚れにくいとか歩きやすいとか料理店用に特化させたもの。そういう靴が作れたら、うちのスタッフみんなに使わせたいです。
戸門:食材や調味料、調理器具などで作ってみたいものはありますか?
長谷川:調理道具に関しては、もっと良くなりそうなアイデアはたくさんあります。この道具はこうやって置けた方がいいよねとか、綺麗に掃除できるように表面は一体化している方がいいのにとか、ちょっとしたところ。
あと、航空会社から「傳」のビジネスクラスやファーストクラスの機内食を作ってくれって結構言われるんですけど、僕自身が機内で食べないんですよ。ビジネス需要で乗る人たちは機内では寝たいだろうし、すでに食事を済ませている人も多い。ビジネスクラスでもシンプルなカレーとかラーメンの方が、豪華な機内食より需要があるんじゃないかと思っています。「傳」でも普段作ってない機内限定ラーメンを持って帰れるとかの方がいいのではないかと思うんですけどね。

「今日は完璧」という日は、30年で1日もない
戸門:「傳」ではいつも温かい雰囲気を感じます。女将さんがミシュランガイドのベストホスピタリティ賞を獲得されたこともありましたね。女将さんやスタッフの皆さんがお客様と接するときに心がけているのはどんなことですか?
長谷川:自分たちのやっていることに自信がないというのがベースにあるんです。「自分たちがやってることはお客さんにとって正しいのか」と常に迷いがあるからこそ、お客さんに対して考える時間が増えて、お客さんをよく見ることにつながる。僕も女将さんもスタッフも「今日は完璧だ」なんて日は、30年以上やって1日もないんですよ。大事なのは、お客さんが楽しんで帰れること。いろんなところで評価して頂くのはとてもありがたいけど、それはあくまでも結果だと思っています。
僕は18歳で料理を始めて、29歳でお店を始めて、これまで30年近く料理人をやってきました。それで今思うのは、お客さんってすごい大切だなってことですね。お客さんが来て喜んでくれて、定期的に顔を見せてくれる方とかいるとすごく嬉しいし、だからこそ続けていけるということも嬉しさとしてある。そういう嬉しさの方がお金よりも大事というか。お金があっても幸せじゃなさそうな人もいますからね。そういう価値観ではないところにシフトしていった方が幸せになれるんじゃないのかなと思っています。
Text by 星野うずら

日本料理・傳, 創作料理・デンクシフロリ
長谷川 在佑
Zaiyu Hasegawa
長谷川在佑シェフは、東京都出身、1978年生まれの日本料理界を代表する革新派シェフ。高校卒業後、神楽坂の老舗割烹「うを徳」で修業を開始し、伝統的な日本料理の基礎を身につける。2008年、東京・神保町に自身の店「傳」を開業。開業から3年後の2011年には『ミシュランガイド東京』で二つ星を獲得し、その後も評価を維持し続け、さらにサステナブルな取り組みを評価する「グリーンスター」も受賞している。
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