
インタビュー
2025.05.13
バスク地方「チスパ」前田哲郎さんが考える、
日本人だからこそできるスペインでの夢
世界的に有名な美食の街として知られるスペイン・バスク地方で2023年から「チスパ」を営む前田哲郎さん。薪焼きの名店「アサドール・エチェバリ」を経て開業半年で一つ星を獲得。バスク地方の山間部の村の農家を改装した店舗で薪焼き料理を提供しています。このたび、料理人と企業をつなぐウェブプラットフォーム「TasteLink(テイストリンク)」に加わっていただくにあたり、スペインにいるからこそ求められる日本文化や日本人の美点を生かした活動や、前田さん自身の興味から広がる仕事へのアイデアや夢について語っていただきました。
日本を一歩出れば「マグロには醤油」は絶対ではない
戸門:レストランと企業が連携する際に、どのような分野に興味がありますか?
前田:いま、レストラン内で使う調味料は全部、醤油から日本酒まで自家製で作っていて、料理に合うことから逆引きで考えた、自家製の醤油というか醤(ひしお)を商品化できたらと思っています。
先日、バルセロナで冷凍マグロを作っている会社に行ったんです。日本のマイナス60度の超低温冷凍技術をスペインに持ってきたのだそうで、ただ、ここでの問題は、マグロをカットする時に捨てる部分がものすごい出ること。こっちではネギトロを食べる文化もないので余っているらしく、だったらそれを全部麹と一緒に発酵させてマグロの醤を作ってみては? という話をしたんですよね。
日本ではマグロに合わせるのは当然醤油なんですけど、日本文化の枠をいったん取っ払ってみれば、マグロに大豆という組み合わせは必ずしも絶対ではないんですよね。それならマグロの醤を販売してみたい。最近ちょうど、日本の農水省がスペインに対して麹菌の輸出を始めたところらしくて、今はそういう良いタイミングでもあるんです。
海外にいる日本人だからこそできること
戸門:発酵は、日本が得意な分野の中で、いま海外でもブームになっていますね。
前田:今、発酵のリーダーは北欧だと世界的にはみられています。北欧の発酵文化は基本的には漬物、つまり乳酸菌の文化だったんですけど、現代的なテクニックやガストロノミーな観点でつきつめると、最後は麹に行き着きます。日本は麹菌の発酵では世界で一番先を行っていましたが、近年の北欧のガストロノミーではそちらも取り入れてきました。たとえば、コペンハーゲン「ノーマ」の料理、昔はとても酸っぱかったと聞きますが、今はそれをうま味に変えることができているんですよね。発酵の文化の世界的リーダーシップを日本が取って行くために、海外にいる日本人が先頭に立ちたいという話を農水省の人としたことがあって、そこで具体的なプロジェクトがあるならば、うちが手を上げたいと思っています。
戸門:そのような調味料を商品に落としこもうとした時に、前田さんのところで作ってそれを売っていくのか、あるいは別のメーカーに委託するかについてはどうですか?
前田:希望を言えば、店はラボとして機能させ、商品化は委託したいと思っています。商品製造には衛生の問題がありますので。店の営業を通していろいろ試して出来上がった調味料や商品を、「この商品を1トン作るのはどうなりますか?」「これ衛生の許可出ますか?」と生産のプロセスに落とし込んでもらうのがベストですね。
戸門:店で使用している自家製の調味料の販売といえば、いま「ノーマ」が始めている調味料販売のようなイメージですよね。このような製作販売は、お店にとってどのようなメリットがありますか?
前田:オリジナルの商品を作ることで「営業する様子がちょっと見える」ことです。うちにまだ来たことのない人たちが「いつか行ってみたいよね。いつもゲストがたくさん来てて楽しそうだね」と思ってくれるような演出は必要だと思っているので、醤のような商品がそのきっかけになればいいですね。「チスパは日本とバスクの混ざった料理をやっていて、日本人のデザイナーがバスクの農家をリフォームしていて、こんな味のエッセンスを売っている」ということが商品から伝わればいいなと。それがうちのお店でのお土産になってもいいですし。
戸門:輸送などの条件を考えると、製作や販売は日本よりスペインが主力になりそうですね。
前田:サスティナビリティという観点からも、捨てるマグロを日本人の知恵で無駄なく使えるというようなことは、日本人である僕だからこそアピールポイントにできると思っています。海外で一般に知られている日本人の良いイメージ、たとえば日本人は真面目でちゃんとしているというようなイメージは活用していきたいですし、あと、スペインの業者にとっても冷凍マグロは大きなメリットがあると思っています。「冷凍の魚は2級品」みたいなイメージがまだまだありますが、品質のコントロールができて無駄がゼロ、冷凍だからカットしたのを量がたまるまで置いておけて、フレッシュな状態で醤の仕込みができるから、むしろ冷凍マグロの方が生の本マグロよりもサスティナブル、という感じで打ち出していけたらと思っています。海外で生産される商品の価値を上げるために、日本の技術と文化を使いたい。それこそが、海外にいる日本人だからできることだと思うんです。
戸門:食材や調理器具など、オープン時からずっと使い続けているような、これは絶対なくてはならないというものはありますか?
前田:ハサミ「美鈴Silky」ですね。このハサミなくして僕の厨房は回りません。畑での剪定から収穫、厨房での作業全てでこのハサミを使っています。切れ味、刃のあたりは最高です。これを教えてくれたのはアメリカからの研修生でした。
世界どこでも、その場所の肉をそこに生える木を薪にして焼く
戸門:今、企業やサービス、ブランドなどと組んでやってみたいお仕事はありますか?
前田:レクサスが日本国内でダイニングアウトをやっていますが、あれを世界中で展開できたらどうだろう?というのが実現できればとても面白いと思っています。
僕は英ランドローバー社のレンジローバーが好きなんです。たとえばですが東京のランドローバーからイギリスの工場までレンジローバーに乗って、それをずっとロードムービーとして撮影して、そのたどり着いた場所で木を切って火を焚いて料理をして、最後はイギリスの工場で手入れをしてもらうみたいなストーリーのムービーの撮影とか、やりたいですね。
日頃から、そこの木を薪としてそこの肉を焼くみたいなことを僕はベースにして料理をしているので、特別なシチュエーションに行って料理をすることは、僕は多分日本人の料理人の中で一番得意だと思います。フィールドは世界どこでも、広大なアメリカや、僕スペイン語が喋れるので南米あたりをキャラバンしながら行く。そうなってみると車とかテントとか、アウトドアのブランドも一緒にプロモーションできる。上質なアウトドアアクティビティに関わるブランドと僕の料理は相性が良いと思うんです。
なので、日本の企業のスポンサー大募集中です。どちらかといえば、他業種で日本というイメージを国際的に売っていきたい企業の人たちと組んでみたい。富士山・お寺のような昔から知られる日本ではなく、もっと洗練された、「ジャパンって進化してるぜ」という側面を、日本に興味があってジャパンクオリティ的な上質なものを求める海外の人たちにアプローチをしていければと思っています。

スペイン料理・Txispa
前田 哲郎
Tetsuro Maeda
前田哲郎シェフは東京都生まれ金沢育ち。日本料理に親しんで育ち、2010年にスペインへ渡る。名店「エチェバリ」でスーシェフを務めた後、2022年に自身の店「Txispa(チスパ)」をバスク地方に開業。ミシュラン1つ星を獲得し、日本人としてスペイン最速の快挙を達成。革新的な料理哲学で注目を集めている。